森の中の開けた空間、風の吹き渡る小さな草原。一見穏やかな風景だが、ここはダンジョンの中腹。
あたりを警戒しているエルバのもとで、セイバーがリンゴやグミを食べている。
セイバーは額に一本の角をもつ、子馬のような体躯のポケモン、そばにいるエルバはセイバーよりもずっと大きなポケモンで、頭部のするどい刃状の角が、日光を反射して輝いている。
二匹とも、ふつうこのダンジョンに生息しているポケモンよりもはるかにレベルが高いので、わざわざ彼らを襲うものはいないようだ。
突然、ビュオオォォ…と不穏な音とともに先ほどまでの穏やかな風とは違う突風が吹く。
何かの気配に気付き、顔を上げるエルバ。
セイバーは一足遅れて不穏な気配に気づく。
セイバー 「…エルバ?」
エルバ 「セイバー、ここに隠れていなさい。僕が戻ってくるまで動かないで」
緊迫した表情のエルバは、戸惑うセイバーを鼻で押し込むように隠し、しなやかな動きで茂みの中に飛び込んだ。
カエンジシが獲物を狙うときのような姿勢で茂みに紛れ、進んでいく。茂みの隙間から一箇所を見つめて、エルバは目を見開いた。
エルバ 「…!!」
セイバーは、エルバに言われたとおり茂みの中に身を潜めていた。
エルバの強さは完璧に信頼しているが、不安を隠せない。
背丈の高い草の茂みが音を立てて揺れ、エルバが荒く息をつきながら現れる。
セイバー 「エルバ!」
セイバーはほっとして嬉しそうに呼びかける。
しかしエルバは答えずにセイバーをぐいぐい茂みから押し出す。
エルバ 「セイバー、走れ!逃げるんだ、早く!」
セイバー 「えっ!?」
セイバーは状況が全くのみこめず、素っ頓狂な声を上げる。
その時、地面に落ちる血のしずくに気が付く。
エルバは右後ろ足にひどい切りキズを負っていた。
セイバー 「エルバ、足…ケガしてるの?」
セイバーの声が震える。
頭に様々な疑問が一気に浮かんでくる。大丈夫なのか?何があったのか?何かに襲われたのか?しかしエルバはセイバーの質問を遮るように先を急ぐ。
エルバ 「僕は大丈夫だ…とにかく早く、ここから出るんだ」
二匹は走り出す。エルバの脚のキズは包帯で止血してあるものの、長くは持たない。
エルバは自分の苦しみをセイバーに悟られまいとしているが、ひどく辛そうに見える。
セイバーがエルバを支えるような形でしばらく歩くが、とうとうエルバは歩けなくなってしまう。
片膝をついて必死に立ち上がろうとするが、再び倒れ込むエルバ。
オオオォォォ…
普段のダンジョンの風とも、さっきの突風とも違う不気味な風が吹く。
セイバー 「今、何かが動いたような気がした…」
セイバーは怯えて立ち止まる。何かがおかしい。
セイバー 「さっきエルバを攻撃したものが近づいてきている…!?」
エルバ 「違う…この風は…ッ!僕たちは、この階に長く留まり過ぎたんだ…ダンジョンの地形が変わる!」
エルバ 「セイバー!気持ちを鎮めて!よく聞くんだ!僕たちはバッジを持ってる探険隊ではないから、この風に飛ばされればどこに送られるかは分からない―――
お互いバラバラになるだろう…でも、外で必ず会えるはずだ!」
セイバーは納得できずに激しく抗議する。エルバは明らかに何かを隠している。それを自分に教えまいとしているのだ。
エルバ 「僕にはとても、走って次のフロアを目指す体力は残っていない―――でも、風が僕を出口まで運んでくれる」
エルバは辛抱強く訴える。
セイバー 「すぐに探しに行くから―――必ずだよ!」
セイバーは引き裂かれる思いで走り出す。
うめき声のような音と地響きとともに、再び風が吹き荒れる。
セイバー 「…!!?違う―――この風は、違う!ダンジョンにとどまり過ぎたものを吹き飛ばす、あの風じゃない…!!」
振り返ったセイバーは愕然とする。黒いもやの混ざった温度のない風が吹き荒れる…。
セイバー 「エルバ―――」
絶叫が風にかき消される。セイバーはもと来た道を戻ろうとする。
セイバーを見送ったエルバの胸は、苦痛と苦悩と愛情でいっぱいになる。
その顔が覚悟を決めたようにぐっと引き締まる。
鋭い眼光を放ちながら、ゆっくりと振り向き、立ち上がるエルバ。
視線の先には、黒い風の中に立つ一匹のポケモンがいた。深いブルーの精悍な体躯で、頭部に二本の角が生えている。
右目にキズあとがあり、目は赤く光っている。
エルバは必死に攻撃の姿勢をとった。
跳躍しようとした瞬間、後足の包帯にじわりと血がにじむ。
エルバの頭部にエネルギーが集中し、光を放つ剣のかたちになった。
「聖なる剣」を振りかざし、ポケモンに飛びかかるエルバ…。
ドッ!激しい暴風が突然、黒い光を放つ。
セイバー 「うわあああぁぁ!」
吹き飛ばされるセイバー。きりきり舞いながら風に飲み込まれる。
ダンジョンの外。
森の中から黒い光の柱が立ち上る。
??? 「だめだ…ここもじきにダンジョン化する!」
森を見上げるのは、アブソルと色違いのヌメルゴン。二匹が身に付けているキーストーンとメガストーンがキラリと光る。